そういえば、昔は交代できなかった
いまのプロの試合では、1試合に5人まで選手を交代できるのが普通です。後半の途中で疲れた選手を下げたり、流れを変えるためにフォワードを入れたり。監督の采配の見せどころのひとつですよね。
ところが、サッカーの長い歴史の中では、交代そのものが認められていなかった時代のほうがずっと長いんです。疲れても、ケガをしても、試合に出た11人で最後までやる。それが当たり前でした。
……ケガをしたら、どうしていたのか。
今回は、交代枠がゼロから5人になるまでの話です。
首の骨が折れても、出続けたキーパー
交代がなかった時代の話として、よく挙げられる試合があります。1956年、イングランドのFAカップ決勝。マンチェスター・シティ対バーミンガム・シティです。
試合終盤、シティのキーパー、バート・トラウトマン(Bert Trautmann)が、相手のピーター・マーフィー(Peter Murphy)と激しく接触し、首を痛めます。ただ、交代は認められていません。トラウトマンが下がれば、シティは10人になり、フィールドの選手がゴールを守ることになる。トラウトマンはそのまま残り十数分をプレーし続け、シティは3対1で優勝しました。
数日後にレントゲンを撮ったところ、首の骨が折れていたことが分かった、という話です。この試合はいまでも「トラウトマンの決勝」と呼ばれています。
最初は「ケガ人の代わり」だけ
イングランドのリーグで交代が認められたのは、1965-66シーズンからです。ただし条件付きで、交代は1試合に1人まで、それもケガをした選手の代わりだけでした。
最初の交代選手は、チャールトン・アスレティックのキース・ピーコック(Keith Peacock)。1965年8月21日、ボルトン戦の前半11分に、ケガをしたキーパーの代わりにピッチに入りました。
で、こういうルールができると、どうなるか。作戦として選手を代えたいときに、「ケガをしたことにする」選手が出てきたそうです。結局、1967-68シーズンからは、ケガ以外の理由でも交代できるようになりました。
ワールドカップは、1970年から
ワールドカップで交代が初めて認められたのは、1970年のメキシコ大会です。1チーム2人まで。前回のコラムで書いたイエローカードとレッドカードが初めて登場したのと、同じ大会です。
ワールドカップで最初の交代選手になったのは、開幕戦のメキシコ戦に出場したソ連のアナトリー・プザチ(Anatoliy Puzach)。ハーフタイムに、ヴィクトル・セレブリャニコフ(Viktor Serebryanikov)に代わって入りました。
ちなみに、交代のときに副審が掲げる番号のボードを取り入れたのは、前回登場したケン・アストンだとされています。1974年のことです。
2人、3人、そして5人
その後、ワールドカップの交代枠は少しずつ増えていきます。1990年大会までは2人、1998年大会からは3人。
大きく変わったのは2020年です。新型コロナの影響で試合日程が詰まり、選手の負担が大きくなったことから、サッカーのルールを決めている国際サッカー評議会(IFAB)が、交代を5人まで認める特例を出しました。もともとは一時的な措置でしたが、2022年に正式なルールになり、カタール大会と今年の大会でも5人まで交代できるようになっています。ただし、交代のために試合を止められる回数は、ハーフタイムを除いて3回までと決まっています。
で、5人になって何が変わったのか
交代が増えた理由として挙げられているのは、選手の体を守るため、です。日程が過密になる中で、同じ選手が毎試合90分を走り続けるのは、確かに無理があります。
ただ、交代枠が増えると、控えにも力のある選手を揃えられるクラブほど有利になる、という見方もあります。実際、イングランドのプレミアリーグでは、5人交代の導入をめぐってクラブ同士で意見が分かれ、いったん3人に戻したこともありました。選手を守るためのルールが、結果的にお金のあるクラブを後押しする面もある、というのが正直なところだと思います。
というわけで
- 昔は、ケガをしても交代できなかった(1956年のトラウトマンが有名な例)
- イングランドのリーグでは1965-66シーズンから、最初はケガ人の代わり1人だけ
- 「ケガをしたことにする」選手が出て、作戦での交代も認められるように
- ワールドカップでは1970年から。最初は2人、のちに3人、いまは5人
- 5人交代は選手を守るため。ただ、選手層の厚いクラブほど有利という見方もある
それじゃあ、また蹴ったあとで。