そういえば、あれ、昔はOKでした
味方が足で戻したボールを、キーパーが手で拾う。いまこれをやると、相手の間接フリーキックです。アマチュアの試合でも、うっかり拾いかけて「あっ」と手を引っ込める場面、たまにありますよね。
ところがこのルール、実は1992年からのものです。それより前は、キーパーは味方からのバックパスを、普通に手で拾えました。
じゃあ、当時は何が起きていたのか。
だいたい想像がつくと思いますが、今回はその話です。
持てると、どうなるか
ルール上、キーパーがボールを手で持てるなら、ピッチの中でいちばん安全なボールの置き場所は、キーパーの手の中です。守備の選手が困ったらキーパーに戻す。キーパーは数秒ボールを抱えてから、また守備の選手に渡す。困ったらまた戻す。……これを延々と繰り返せば、リードしている側は、ほとんどリスクなしで時計を進められました。
この「時間つぶし」がいちばん悪目立ちしたのが、1990年のワールドカップ・イタリア大会だと言われています。守り合いの試合が多く、退屈な大会だったといまでも語られる大会で、中でもアイルランド対エジプトの試合は、バックパスの応酬の代名詞みたいに扱われてしまいました。当時のことをリアルタイムで覚えている人がいたら、ぜひ次の練習で聞かせてください。
1992年、ルールが変わりました
それで1992年、サッカーのルールを決めている「国際サッカー評議会(IFAB)」が、競技規則を書き換えます。中身はシンプルで、「味方が意図的に足で蹴ったボールを、キーパーは手で扱ってはいけない」。やったら相手の間接フリーキック。味方のスローインをキーパーが直接手で取るのも、同じくダメになりました。
細かいところでいうと、「足で」というのがポイントで、頭や胸、太ももで戻したボールなら、いまでもキーパーは手で拾えます。だから、たまにプロの試合で、守備の選手がわざわざヘディングでキーパーに戻す場面がある。あれは足を使わないための工夫です。
この変更は、サッカーの歴史の中でもかなり効いたルール変更のひとつとして語られることが多いです。理由は簡単で、それまでの「とりあえずキーパーに戻して抱えておく」が使えなくなった。試合の流れが止まりにくくなって、テンポが上がった、というわけです。
ところで、副作用のほう
ここからが、個人的にいちばん面白いと思っているところです。
キーパーが手で拾えないということは、戻ってきたボールを足で処理しなければいけない、ということです。相手のフォワードが寄せてくる中で、蹴る。ときには味方につなぐ。それまで「手の人」だったキーパーが、急に「足も使う人」になった。
いま、キーパーがゴール前を大きく離れてボールを受けたり、ビルドアップの起点になったりする姿は、すっかり普通になりました。そういう「スイーパーキーパー」的なスタイルの元をたどると、1992年のこのルール変更に行き着く、という言い方をする人はけっこういます。もちろん、ルールひとつで全部が変わったわけではなくて、守備ラインを高く上げる戦い方が広まったこととか、いろんな流れが重なった結果ではあると思います。ただ、「手で拾えばいい」という選択肢が消えたことが、キーパーというポジションの中身を変えるきっかけのひとつになったのは、たぶん間違いない。
時間つぶしを止めるために作ったルールが、結果的に、キーパーをいちばん技術的なポジションのひとつに変えてしまった。狙ってやったわけじゃないところが、面白いと思います。
ついでに言うと、時間つぶし自体がなくなったかというと、そんなことはないですよね。ゴールキックをゆっくり蹴る、スローインの前にやたら相談する、交代でとぼとぼ歩く。バックパスという抜け道をふさいだら、別の抜け道が使われるようになっただけ、というのが正直なところです。ルールを変えても、リードしている側が時計を進めたい気持ちは変わらないので。
というわけで
- 1992年より前は、味方が足で戻したボールをキーパーが手で拾えた
- それを使った時間つぶしが目立ちすぎて(イタリア大会が代表例)、IFABがルールを変えた
- いまは足でのバックパスとスローインは手で扱えない。頭や胸ならOK
- 副作用として、キーパーが「足も使う人」になった。時間つぶし自体は別の場所に移っただけ
それじゃあ、また蹴ったあとで。